ろくしきボックスの無意識な日記

久津葉六識がいろいろと思ったこととか報告を書いていく。

全力出して負けたなら受け入れられる。

別に何に敗けているのかもようわからんけど、自分自身に敗けているならそれは単なる堕落だね。

応募した小説が一次審査を通過した段階でこれを書いているけれど、正直あまりテンションは上がっていない。単に日本語として問題なしと判断されたんだな、くらいにしか思っていない。

手元にある修正用に出力した原稿を読み直してみたら、いくつも誤字の直し忘れが見つかって「ああああああああああ!」ってなる。

まあ、その程度は許容されているから、通過しているんだろうけれど。

 

推敲とか、何度も読んでしまうと出来なくなっていく気がしている。自分で自分の文章に慣れていってしまうというか。

結局、自分の作品が面白いのかなんて自分じゃ判らないし、人に見せることで成長していくのもあるのだろう。自省的な意味で。

腕はすでに先人たちが言う通り、書き続けることでしか上達はしないのだろうが。

 

僕はその時の全力でしか戦えないし、それも苦悩しながらキーボード叩いてひどく遅い。

プロットを詳細に詰めないことも理由だし、読むように書いた方が僕自身が面白く書けるって解っているから、あえてそのスタイルを貫こうとも思っている。

本当なら二か月で一作くらいのペースで書き続けられたなら、個人的には理想的だけれど、投稿作の「蒼空の終焉線」は実際には三か月くらいかけて書いたものだったりする。

ニート状態でそのスピードだと、流石に遅いんだと思う。

一万文字くらいの短編なら、二、三日である程度のカタチは見えるけれど、十万文字を超えると「その作品の目的」を見つけ出すのにそれこそ二カ月近く、半分ほど書かないと見えてこない。

今新たに書き上げた投稿作(違うところに応募しようかな?)の「エクソシスト・ベータ(仮)」の期間も大体三か月。それで作品の落としどころを見つけるのにも、やはり最後の章まで書き進めないと見つからなかった。

この作品、僕が学生の時に専門学校で組み立てた漫画作品のネームを焼き直したものだったりする。設定とか基本的な部分では何も変更はしていないし(主人公の名前を変更はした。日本人っぽくないから)、オチとかも変えていなかったりする。

エンディングに至るまでのストーリー全体は流石に書き直したけれど。

寧ろ世界観全体は当時より大きく膨らんではいるから、まあ無駄ではなかったのか。

 

書くときには、自分の中にあるものを全部吐き出すようにしている。そうでもないと変にわだかまりが出来てしまう。それをして、全力を出すというのだろう。

そうして書き上げると、暫く小説には触れなかったりするんだけれど。そうしていると、一週間もすれば新しく書きたくなるのは、これもうハマっちゃってるよね。

 

楽しいから、頑張れるけれど。それで思うような結果が得られなければ、まあ凹みはする。それでも図太いので切り替えは出来るんだ。

人生は長いようで短いものね。今更できなかったことになんて悔やむだけ損だ。

 

 

次は何を書こうかなあ。