思い立ったら即行動。

ロード時間が凄く嫌いだ。あれが思い立った時の意欲をものすごく削いでくるのがひどく不愉快で、だからこそアナログで行動することを好んでいるのだ。

ゲームとかも苦手。待たされるのが嫌で、そんなことに時間を使うくらいなら最初から起動しない。そんなもんだから、スマートフォンにもいくつかゲームのアプリを入れてるけど、気が向かないと本当に放りっぱなしになっている。

 

PCのソフトも必要が無ければ起動しないから、本当に入れているだけのソフトが所々にあるのだ。

 

面倒がりな上に割とせっかちという矛盾した性格を併せ持っている以上、仕方ないことだとは思うけれど、そうなると日常的にできることが限られてくるのが辛いところ。

本当に何日も外に出ないなんてザラだし、PCは起動しっぱなし。だけど殆ど使わないっていう。WordもクリスタもStudioOneもMovieStudioもロードが長くてそれだけでダレるから、基本的に腰を入れないと起動しようとも思わない。

 

アナログで行動することが多い。イラストも作曲も小説も、まずはペンとノートから始めなければやる気も起きない。

そういう意味では思考回路はかなりシンプルだ。

小説はプロット書いたらすぐにポメラで作業することにしているのでやる気が途切れないから良いよね。五秒で起動するから、すぐに書き始められる。最強だろこれ。

他のアプリも数秒で作業を始められるなら楽なんだけれどなあ。

音楽での打ち込みは基本的にDominoでやるのが楽だ。比較的起動速いし、SMFデータをStudioOneに読み込めばいいから。てーかStudioOneのピアノロールが無茶苦茶見づらくて操作も面倒だからDominoがいいやってなっちゃうなあ……。

 

ソフトを数秒で起動できればいいのに。

ポメラのような単機能デバイスでも出たら即買いだけど、無理だろーなー。

人生なんて暇潰しだろうに。

しなければならないことなんて存在しないし、しなくてもいいことなんて溢れすぎていて。どうにも僕には世界そのものが単なるジオラマにしか見えないんだよ。

生きたいから生きている。それだけの話だろうと問うてみたいとは思うけれど、思うだけ。こんな人生観は押し付けたくもないけれど、しかし心底では厭世的な中二病めいた考え方が染みついて剥がれないのだ。

生きること自体がどうでもいいとか、クソ雑魚い自殺願望とかじゃあ決してない。寧ろそことは相反する、生き方の問題だろう。

どう生きたい。

何故生きたい。

質問されたなら、そんなことはどうでもいいと答えてしまう。理由なんか無いんだよ、当たり前のこととは思わないけれど、世界全体を俯瞰して、絶対的な理由もまた存在してはいない。

 

生きるなんて、平等だし。

 

生きるのは死にたくないから。でも、死にたくないなら生きているうちに何がしたいの? 理由って、そんなもん知らないと答えるんだ。

「これをするために生まれてきた」そう答える人間は、大抵は生まれ持っての意志ではない筈だろう。カルト宗教じゃないんだから、理由って大体後付けなんだ。

選択して生きることの延長線上に人生がある、それだけの事で。それはただ、与えられた膨大な時間をどのように使うかを思案しているに過ぎない。

生まれた瞬間に与えられた数十年の空白は、それをして「暇」と言い換えられるだろうけど。

 

人生はゲームだって、そんなん当たり前だろ。

 

ランダム要素が強いからこそ、価値観を形成する環境が多様なだけで。

日本人として生まれたなら、まあ国民の義務ってものがあるのは皆当たり前に知っているはずだとは思う(学校で習うからね)。勤労、納税、教育。このうち教育は「子供に教育を受けさせる義務」のことだから、独り身の僕には今のところ関係ない。

義務以外のところで、人生って規定されてないよね(日本は自由度高めだから、判りやすいだけ)。

何をしなければならないって、誰が決めるのか。そんなん自分しかいなくて。

というか、実際「勤労」についても明確には規定されてないんじゃんとか思うんだ。でなければ就業形態が多様化するわけもないじゃんね。実際のところ、目に見えて果たさなければならない義務って「納税」だけなのよ。

 

働くってなんだ。

それすら自由なら、僕はもっと自由なことしていい筈だろうに。

病院でそういう話をして、働くことを考え始めたとき、周りの人間が「職場という場所に通って一定時間拘束されて何やら作業をしていること」を前提に考えているのがね。はっきり言って疑問でしかないんだよね。

僕自身の性質から見れば、そういうのが難しいことくらい考えるまでもなく解るから、そこを前提にするのは止めてもらいたかった。

無感動な僕でもおかしいと感じるんだ。単に自分の性質に合わせて選んでいるのに。

 

金を得るための義務でも、最終的には時間の空白を埋める為の行動でしかない筈なのに、それを人生の中心に据えることは本末転倒だろう?

選択の余地というか、目指すものがあるのに横槍入れられてもねえ。それ以前に生きていることなんかどうでもいいのに、そんなことで真面目になるとか馬鹿じゃねえのって幼稚な僕は思う訳で。

 

暇を潰すには目的が必要だけれど。

別に僕には目的なんて無いし。

 

折角なら楽しいことしたいってだけで、その遊びが仕事になるパターンって、今時珍しくもないだろうに。そこを否定されるのは我慢できないな。

超えられたくないラインだよ、つまりは。

 

別に理想を語っているわけでもない。

上にも書いた通り、環境を選べない人間だっているのだと知っている。受け入れたり、抗ったり、その中でも行動を起こす人々は居るけれど、それもまた選択の一つでしかないんだけどね。

総合的に人生に意味がないってのは、単に僕だけの人生観でしかないから、押し付けたりはしないよ。

 

なんだかんだで、何も無いのが人生だと笑っているだけのこと。

どうしたって、何も残せないのが人間だと嘲笑っているだけのこと。

目の前には、まっさらな遊び場が広がっているだけ。

そこに何を置くのかな、と思案するのが人生なんだというだけ。

平等に自由で、平等に不自由なだけ。

全員が主人公で、全員がモブキャラ。そんなゲーム。

懊悩するだけ無駄だよ。こんな世界。

 

うーん。考えつくままに書いたらよく解らないぞ……?

ふと聴きたくなる。

高校生の頃にラジオから流れた楽曲が気に入って、その曲のクリエイターを見ていたのだけれど、最近は全然曲を出してなくてうぎーってなってる。

 

学生の時は頻繁に聴いていたから、今でも思い出したように聴いている。時期的には米津玄師(当時はまだハチ名義)を知るより前の事だったと記憶している。

 

声も音の重ね方も好みだったから、一回聴いてハマったなあ。

 

アキタノブオという方だけれど、知っている人は周囲には居ない。学生の時はまだフィーチャーフォンだったから、着うたフルでダウンロードしていたっけ。懐かしい。

 

その後、一度ネットから離れていたから、その間に何かあったのか、知らんけど、地元に戻ってから一度だけラジオに出演していたのを偶然聴いたことがあった。

 

そこから先のことはよくわからない。

僕にはただ待つことしか出来ないんだよね。

 

新曲出してくんないかなぁ……。

小説書くの楽しいからやめられないんだ。

結局、作品の構成を見直すことにしたわけで。

RebirthIの長さが冗長になりすぎてしまったから、それぞれを独立した話にしないと読みにくくて仕方ない。

もともと、一ページ千文字制限のもとで書いていたものだから、それを利用した書き方になっていたんだよねえ。

その制限が無くなったのなら、そこに拘泥する意味はもう無いのだ。

 

初めは「空の境界」のような複数話をまとめるかたちを目指していたけれど、分量を考えれば、分けて書いたほうが良いようだ。

何度もリライトしていると、初期の頃の衝動的な表現が消えていくのが残念な感じだと分かる。

正直、初期のアカウントで載っけていたのを読み返すと、結構勢いがあって読みやすいんだ。

基礎的な語彙力は今の方がいくらか上だろうとは思うけれど、勢いというかなんというか、何かが足りないように見える。

だからといって今更変えるわけにもいかないけどね。

 

新人賞応募用の原稿を書き上げたばかりだけど、次の作品を既に書き始めていたり。

取り敢えずは数を重ねていかないとなー。

蒼空の終焉線は使い捨ての作品にしたくないけど……。

エブリスタがリニューアルしたけどさ。

少し前にエブリスタがシステムを大きく変えたわけで。まあ、メンテ明けはエラーを出しまくって大変だったね。

今は大分落ち着いているけれど、仕様がかなり変更されているので、未だに使い方に迷っているところ。

 

小説のエディタが無茶苦茶に使いにくい。リニューアル前の新エディタ(ページ単位でなく一括で編集できる形のもの)を期待していたのに、何なんアレ? 結果的には一ページの文字数が増えただけって、意味ねえな。

とはいえ、僕の小説の場合は一つのエピソードで百ページ以上あるから、まあどっちにしろ変わらないけど。

一括で編集できないのが手間なだけだからね。文字数制限が緩和されれば充分だったよ。

 

イラスト投稿機能は大分縮小されちゃって、まあ元からそこまで活発でもない印象だったし関係ないかな。正直イラストならpixivがあるものね。

 

エディタが他の投稿サイトと似た感じになったような気がするのはやや残念かな? 機能性を追求すればどうしたって似たような形に落ち着くんだろうけど。

 

そんな事でエブリスタ辞めるなんてことはないけどね。楽しいから。

やりたい事ができる場所があるって良いことだねえ。

 

取り敢えずは新しい形に慣れていくことからだね。

思考することが増えてきたのはいつだろう。

恐らく統合失調症と診断されてからの七年間の方が色々なことを考えていると、自分では思うんだ。

それまでの僕があまりに幼稚すぎたのだろう、それとも人生そのものを楽観的に捉えすぎていたのか、目の前の事象に対してさえ、思うことが無かった。

記憶の中にある行動の記録をなぞり直しても、そこに自身の思考による行動があまりに少ないことに気付いた。

 

要するに主体性が無かったと考えられるんだね。

 

明確に自分の意思を行動基準の上位に持ってこれたのは、統合失調症になって暇を持て余したあたりからだった。そのころには本を読んだりして、漸くそれなりの思考に耐えうる知識量を身に着けていたのだ。

 

高校一年の頃、ある時点でアンケートを取られたことがある。そこに書かれた質問の一つに「どこへ行きたい」というものがあって、僕は意味が解らず「どこへでも」という謎の回答をしたんだよね。

当然怒られた。どうやらその質問、進路について訊いていたらしく、進学先の希望を求めていたのがその時に判った。

正直なんも考えずに書いていたし、その頃は進路について明確なビジョンなんてものが無かったものだから、めんどくせーなーとしか思わなかった。

後から考えれば質問の仕方が悪いことに気付いたんだけど、あのハゲはそこに気付かなかったんだろう。今言ってもしゃあないけど。

最初から「希望する進路は」って書いとけクソが、そう思ってもどうせその時の僕にはそれに対する回答なんてものは持ち合わせてなかったんだけどさ。

 

僕は割と場当たり的に現実に対処するものだから、そのままでいたらジリ貧になっていつか破綻することは目に見えていたんだ。

クリエイターを目指すと考えても、その時は曖昧で茫洋とした将来が考えられずになんとなーく絵を描いてなんとなーく遊んでいただけだから、結果誰にも理解しえない誰かでしかない。

 

思考すること自体が自分自身の証明である。

 

使い古された言葉を実感したのは、結果大人と呼ばれる年齢になってからなんだね。

考えることが多いのはあったけれど、それをカタチにしようとしたのが「小説」という形態で作品を考え始めたころだったんだよね。まあそれ以前の思考は明確なストーリーのイメージが無いただの空想だから、それこそ考えて終わりなジャンクパーツのような思考の欠片でしかなく。

統合された作品としての構想を練り始めたのは専門学校の終わりごろ、エブリスタに作品を投稿し始めた辺りだった。

 

正直コミュ障の僕に普通の環境で働くことが難しかったから、一人で完結する同人作家というのは向いているのかとも思っていたけど、そうもいかないのはまあお約束だね。

最初、自分では対人恐怖症だと思っていたのだけれど、親に話したら一笑に付された。「最悪だなおまえ」本気でそう思った。そうでないと言い切るのなら、一体僕の何を見ていたんだと詰りたい。

面倒だからしないけど。うちの母親って認知バイアスかかってるし、言うだけ無駄かな。僕からしても言動がやや異常だし。

 

例を挙げると、実家に猫がいたけど、その猫をボックスに閉じ込めて放置して、小便漏らしてしまうのを叱るとかいう頭の悪い行動さらすんだ。わけわからん。

他にも「生まれて一年の猫は一歳の人間の子供と同じ」とか意味不明としか言えない持論を展開したこともあったっけ。ちょっと頭の程度を疑うよ。

知識不足って怖いねー。何のためにPC持ってんだよアホか。

 

そういうことを考え始めたのも、地元に帰ってきてからなんよなー。

いろんな意味でポンコツな僕が出来ることはもう限られているから、そこを目指すしかないのよね。考えた結果、そんな風な結論に至ったわけで。

 

 

目標は、「なるべく早いうちにプロ作家になる」かな。

こうやって追い込んだ方が良い気がするから、書いてしまうよ。

 

 

 

 

個人サークル「ろくしきボックス」を立ち上げたばっかなんだけどなあ……。

Kindleで小説販売したので。

一昨日にAmazonKindle本ストアにて自作小説「レプリカント」を販売開始させていただきました。

 

アップロードしたのが午前三時頃だったけれど、ストアに並んだのがその日の昼頃だってのが驚きだったよ。もっとかかるかと思ってたからね。

 

分量はおよそ八万文字。ジャンルはライトノベル式神を扱う術師が主人公です。

 

やっとここに来れたなあと感じていますが、しかしこれは単に始まりに過ぎないことはわかっているので、これからがんばるよー。

 

サークル「ろくしきボックス」として動いていこうと思っているので、楽しみ。

 

というかもう次の話を書きたくてウズウズしているんだけどね。