可能性と限界。

イラストを描くことに関して、自分の能力がほぼ頭打ちになったような気がしてきた。これ以上は画風の変化があっても、根本的に画力は改善できないかもしれないと思い始めているのだ。

 

そもそもが平均より低い位置から始めているのだから、頂点というものも低いのだろう。限界点を見極めることができたと言えるのかもしれない。

本当に絵のうまい人なんてものはそこいらじゅうに腐るほど溢れている。僕より年齢の低い人で巧い人はいくらでも見つけられる。

 

じゃあその中で腐らずに何ができるのかを考えなくてはならないだろう。

所謂「戦略」というものか。

 

能力そのものの伸びが鈍くなってしまっているなら、別の能力を伸ばせばいい。もう若いとは言えない年齢なのだから、限界を冷静に理解することが肝要だろう。

スランプか限界かは感覚で判る。

 

学生の頃は今より未熟だったのは当然だけれども、卒業した後も実際のところ画力自体は伸び続けていたのだ。学生期のイラストと比べればそれは瞭然だ。ただ、それは技術の熟達を意味しないことも知っている。

 

根本の能力と付随する技術の差が明らかにズレているのが自身の作品に漂う安っぽさの原因になっているように思えるのだ。

 

イラストは能力でも技術でもなく技能だ。両方が無ければ成立しない。それがもう伸びないのであれば、別の道を選ぶしかない。

もともと漫画の描き方を習っていたこともあり、イラストといっても一枚絵は苦手だ。独学で進めている小説の要素が混ざり、コマ割りをした絵になることが多くなってきている。

 

元々がストーリーありきで書かれることが多い。最初からそれが前提条件だと自覚している。つまり、設定を裏に作るために一枚では意味の伝わらない絵であることが多いのだろう。

 

漫画を描けよ、と思われるだろうか。しかし、それさえ僕には不可能だったのだが。フィールドを小説に移したのも、自分の描きたいことを最大限自由に描くためのことだから、それ以上にうってつけのメディアがあるのならそっちに移るだろう。

 

アイディア。自分の中に渦巻く混沌から何かを掬い上げればそれは何かの形をとっている。それを最適化することを考えることが多くなった。それさえも自身の能力を最適化するプロセスなのだ。

 

限界を見てしまった以上、そこから派生する能力を伸ばせばいい。ただそれだけのことで、天才といわれる人間たちができる一点突破は凡人にはできないのだから、そういうものを分けて考えるのが当たり前ではないだろうか。

 

無限の可能性、才能の限界。どちらも僕にとっては残酷だ。

 

結果、器用貧乏だからね。

楽しいから止めないんだけれど、それでも向上心は人並みにはある筈だ。

空っぽな人格か、それとも。

人格、僕の中にそんなものがどんな風に存在しているのかわからずに生きていた。

別に趣味嗜好が無かったわけではないし、今は基本的に創作をしたいという確固たる意志を持って動いている以上、今においては大して意味をなさない思考なんだけれども。

 

振り返って、自分がひどく影響されやすいことを自覚していた。幼少期なんてそんなものかもしれないけれど、しかし現在の人格が一番影響されているのは西尾維新の「戯言シリーズ」の主人公だったわけで。初めて意識的に読んだ作品なんで、思想的に多大な影響を受けたのは否定できない。

 

ただ、それ以前の人格がどのように形成されたのかは正直よくわからない。昔の自分は今より共感性が低かった気がする。目の前にいる人間の考えていることが理解できなかったのだ。

 

そんなことだから、言わずとも察するという日本人特有の思考回路には疑問を呈する他なかった、なんて思うのも今から見た感想でしかないけれど。とにかく言外の意図を読み取れない。今だってそう得意じゃあないし、意味のない雑談は苦手だ。対面したところで話せることなんて持ち合わせちゃあいないから。

 

自分が何をしたいのかがよくわからない。何をすればいいのかがわからない。小学生の頃、学校の課題で家庭学習ノートを作った記憶がある。一日一ページノートを埋めていくというもので、少なくともそれは中学生の頃まで続いたのだけれど、小学生のときは本当に何を書いていいのかがわからなかった。

そしてそれをそのまま言ってしまうと怒られたか呆れられたか、そんな反応をされた気がする。

当時はそんな学習に対して熱心でもなかったし、正直ろくに勉強しなくとも高校には入れるくらいの成績を取り続けていたのでは、わざわざ学習なんてものをする気にはなれなかったのだ。

 

何をすればいいのかわからない。

座学に関して苦手がほとんどなかった小学生に対して勉強しろと言い続ける意味は無いんじゃねえの。

 

当時は漫画とかもあまり読まなかったし、インプットもアウトプットも少なかった。家庭の事情で夜八時に寝させられた(寝なかったけど)こともあって、ものの見事に空っぽな人格が形成されていた。

 

今だったら奇をてらって家庭学習ノートに小説でも書いてやればいいんじゃないかとは思ったけど。

 

 

ともかく昔は学びに対して消極的だったわけで。自分の中の興味関心がどういう方向に向いていたのかいまいち判断できない。

 

絵は描いていたけど、母親にひどく否定されていたのでやらなかったし。(普通子供が興味からやった行動を否定するかな? 別に犯罪だとか事故の危険があったわけでもなしに)まあ高校生のときにまた始めたんだけど。今更文句は言わせない。

 

自分は学校で教わるより自分で興味を持って学んだことにこそ一番の価値があると考える人間だからこそ、他者を容易に否定すべきではないと考える。

 

否定を繰り返せばそれは人格そのものを無価値と断ずることになりかねないのだから。それをされて損をするのは当人だ。自分がそれを知っている。

 

また、僕は「何かを始めるときには必ずそれに適したタイミングがあり、どこかでそれと対峙する瞬間がある」とも考えている。「思い立ったが吉日」とも似ているが、それよりはすこしパッシブかな。

 

だから、始めるタイミングはどこかで見逃していたのだろう。音楽にしても、剣道にしても、そこまで興味を抱かなかったのも、そういう理由からなのだと思う。

興味を持たないと頑張らないは違うけどね。

 

僕が言いたいのは、誰かが興味を持ったなら、それを安易に否定しないことが大切、ということ。それは誰の為にもならないからね。興味を持つということはその個人にとって道は存在するということ。若いときにそれを意識しないと、僕みたいなつまらない人間になるかもしれない。

 

好きなことくらい、抱えていきなきゃあダメさ。その価値観が人格を形成するんだから。

水道水美味しい。

良いよね、水。

 

ずっと地元の水の味に慣れきっていたせいか、専門学校の頃の仙台市の水道水が口に合わなくて飲めなかった。変な味がするんだよ。結果的に慣れることなく帰ってきたわけだけれど。

 

そんで一人暮らし始めようってなって市内の施設を出たとき、借りている部屋の水道水が飲めない。別に水源が違う訳でもないのにね。単に仙台に居た頃の感覚を思い出して気が引けただけなんだけど。

 

炭酸飲料ばっかり呑んでいるわけにもいかないし、太るしね。そんなんじゃ。果糖ブドウ糖液糖がよくないらしいので、思い立って食生活全体を見直してみようとさっき考えたわけで。

 

ジュース好き早食い過食気味、こんなんでバカみたいだと思っても意思で何とかなるものでもないとは解っているからなあ。

 

水で腹を誤魔化すのは別に抵抗ないけど、腹持ちって点で心許なくないか? どうでもいいけど。

 

今住んでいるアパートの水は多分水道管を直接引いているようだから、まあマシか。学生の時のアパート? はタンクに溜めた水を流すタイプだったようだから。ああいうのは中身が怖いんだよね。何あるかわかんないじゃないか、って思う。

 

 

そして水はいいけど炭酸水は苦手。以前にコンビニで買って飲んだら、不味くて飲み切れなかった。水は水のままがいいと痛感しました。

 

 

思いつきで書いたらあんまし書くことねえや。

執筆速度。

毎日書ければ良いけど、職業作家でもないし本来それほど暇でもないのよね。一日で二千〜五千文字程度の速さでしか書けない。

集中できる環境があれば大分変わるだろうけど、あんまし見当たらないかな。八戸ブックセンターのカンヅメブース(うろ覚え)ってどうなんだろ。八戸市民じゃないけど。

 

行ってはみたいけれど少し億劫。僕の住む街にもあればなとは思うけど、図書館で我慢かな。図書館だと飲み物なしだからな、うーん。

 

リバーシ」の更新を止めて暫く書き溜めをしている。主人公が二人居るような書き方になってるから、二人の世界をどう書き分けるのかが難しい。

 

しかし一回の更新で文字数にして約九千五百文字を追加するけど、やはり遅いと思うなあ。もっと早く書ければ良いけど。

 

紙に書かなくなってるけど、ノートが余るからなあ。どっちにしろデータ化しなけりゃなのだが。

一歩引いて観察しておくので。

僕は愛されたのか?

そんなことをよく考えている。

どこかで聞いた話では、人は自らが受けた愛情の分、人に愛情を向けられるらしい。うろ覚えだけどね。

昔の事を思い返すようになって、自分の原点ってなんだと考えたとき、最初の記憶って犬小屋で放置されていた記憶なんだよね。(犬小屋って言っても元々は倉庫みたいなものを使ってたもの。流石に店で売ってるような小さな箱ではない。そんなんだったら虐待が深刻なレベルだ)

犬(シベリアンハスキー)と一緒に薄暗い空間で立ち尽くしていたのが印象深い。たかだか四、五歳の子供に中型犬は恐いな。おとなしい犬だったけど。

 

まあ曖昧な記憶でも保育園で職員にジャイアントスイングかまされたとか、真暗な倉庫に閉じ込められたとか、地面に落とした野菜を口に突っ込まれたとか、無茶苦茶ばかりされたような。

 

……見事に性格歪みましたありがとうございました。

 

コミュ障は元からだけど。まあ一因はある気はするよ。どうでもいいけど、そこから先でもあんまり良い記憶ってのが見当たらないのさ。

バランス悪っ。

 

問題はそこ。喜べた記憶が無い。嫌がった記憶はある。僕は何に歓びを見出したのか、自分で分からないのだ。

取り立てて不幸ではない。少なくとも人並みの生活はしていた筈だし、病気になったことこそあれ、それが尾を引くのは体型くらいだ。

 

中学生の頃、学校が休みで部活もない日(剣道部だった)、ただ何をするでもなく自分の部屋のベッドに寝転んで空を見上げていた。

何かをしたい、けれど何をすればいいのだろう。わからなかった。

その頃の僕は、無意味に空虚だった気がする。

 

この「何をすればいいのだろう」に対して、答えをくれる人間が居なかったのが、一番の問題だったのだろう。

 

仲の良い友人も居らず、信頼できる先達もほぼ居らず(中学の部活の顧問くらいか)、親に関してはほぼ不干渉。

「何かをしたいけど何も出来ない」

僕自身が自分の可能性を理解できていないのなら、周りがヒントを出せばよいもの。決して何も求めていない訳ではなかったから、何かを示唆して欲しかった。

でなければ、高校生活を無為に擦り潰すことも無かったはずだ。

 

人任せにしているとは思わないで欲しい。結果的には自分自身で気付いて、高校卒業間際に動き出していたのだから、タイミングがやや遅かっただけのこと。

 

問題は「的外れの強制」と「無闇な不干渉」は人にとって良い影響は与えないということ。後は「思い込みと無理解」とかもかな。

その場では気付かなかったけれど、なんつーか、適切に行動しなかったから、自分のことを理解できなかった。

 

特に母親は厳しくしているつもりだったのだろうが、先ず見当違いの愚痴ばかり垂れて、兄弟で扱いが違うし(弟妹に対して吐きそうなほど甘い)、僕自身のプライバシーを全く考慮しない(家族だからそんなものないとかのたまいやがる。家族だろうがそれぞれ確立した個人であることを理解していない)。

 

信用できるかこんな奴!

 

なまじ僕が市内の(半端な)進学校に入れてしまったのが良くなかったのだろうけれど。滑り止めとか無く一発勝負に勝ててしまった辺りが良くなかったのだろうけれど。

この辺りで僕は既にソリスト気味だったので、なんともはや、だ。

 

親ははっきりとは言っていなかったので、当時の僕に何を求めていたのかはわからない。憶えていないだけかもしれないけど。

 

元より勉強が嫌いなものだからたちまち落ちこぼれていくけど、正直どうでもよかった。所詮はモラトリアムの延長でしかないから。

 

そこは問題じゃないか。

 

「好きなことを職業にしたい」「だからといって勉強はしたくない」

確かに否定はされなかった。けどはっきりとは肯定もされなかった。単に好きにすればいいといった感じか。

 

小さな頃からずっと肯定されることがなかったのでは、否定的にもなるっつーものさ。

 

で、最初の問い。「僕は愛されたのか?」

「肯定的ストロークが足りない」

それだけの話だった。専門学校でこの話を聞いて、なんか納得した。むしろ「否定的ストローク」や「ディスカウント」ばっか食らってたような。

 

そんなことだから。人に興味を持たないで生きてきた事も自然かも知れん。

 

 

自分で何書いてるかわからなくなってきた。まあ思いつきで振り返ってるようなものだし。顧みたとて何か変わるのかというと、既に病んでるから意味ねーわ。

 

本当ならもっともっと早く、心が病んでいると言われたほうが楽だったんだがな。

 

こんなことを親に直截言ったって一笑に付されるだけだろうから、ここに書いておく。

親がどんなつもりで教育しようが、当事者の視点から見ればこんなものでしかないんだよ。

忘れやすい性質の意味。

忘れ物の多い人生でした。

なんてね。人間は忘れる生き物というけれど、僕の場合は少し度が過ぎてるように思える。忘れ物なんてのは学生の頃はよくしていたし、学校で習うことも基本的には興味が無いので憶えることはしなかった。それはそれでどうだっていいんだけれど。

 

人生において重要なファクター、今の人格を形成した出来事が思い出せない。

「捻くれたソリスト」になった理由が解らない。環境的に親の影響が一番強いのだろうことは振り返れば判るのだけれど、決定的な理由とは言い難い。

「一人でいい」でなく、「独りがいい」と思うようになったのはいつだろう。そもそもが人間嫌いだったわけでもなく、幼少期は単なる人間不信だった気がする。

信用できる存在が居ないことは、問題だろう。

 

そんな外れている奴が何で専門学校まで行けたのかというと、やっぱり忘れっぽい性質があったからだろう。まあ、他の生徒とは殆どコミュニケーションを取らなかったから、一人で勝手に学校行ってたくらいの感覚だった。少人数だったし、あそこの講師はある程度信用できたから、学校生活の中では楽しかった方だったな。

一時的に人間嫌いを忘れていたという感じか。

 

やっぱりそこを出てから家に戻るべきじゃあなかったと、後悔したのだけれど。

とにかく母親との反りが合わないから、関わりたくもなかったのに、中途半端に出しゃばってくるものだから苛立ちが募っていた。

 

「忘れやすくとも忘れられない、決定的な出来事」も、母親か多分弟妹のアホな行動のせいだったし、あれは絶対に忘れてはいけないことだなあ。

 

僕にとって忘れることは「興味がない」「必要が無い」「断ち切りたい」と、まあ人間の脳の構造的には多分普通の要因で忘れることが多いのだろうけれど、その記憶も何故か虫食い的で、問題に対して向き合っていないような感じがする。

 

一番の問題は自分自身にしかないんだけれど。

と、自身を責めるのも病気的だなあ。

 

気付けば、忘れるというより無視していると言う方が的確な気もする。都合が悪いことを忘れるのも自然なことだし、傷つかないように生きていくことはできないからこそ、忘れるのだろう。

 

だからもう、家を出たとき、家のことを忘れるというより「切り捨てた」ようだ。いつまでも意識に残すのを嫌がっているから「家に戻らない」という選択をしたと、感じる。

多分、僕はもう実家には戻らないと思う。記憶さえ不必要だし。一応、父親との繋がりはあるし、完全に切れたわけでもないから(時間の問題だろうか、父親も若いとは言えない年齢だし。働いてはいるけど)、そちらの情報は入ってくるけれど。

 

「精神的な孤独」に耐えらえるのは心が強いからではなく、そもそも失うものが無いからという絶無感からきているような気もする。自分本位にならざるを得ないから、自分を大事にするだけで、周りに人がいるとそっちに意識が行くから、それさえも忘れてしまいたいんだ。

 

故に、独りがいい。

 

要らないものをいつまでも手元に抱え込む意味は無いから。

忘れてしまえばいくらか楽なんだ。

 

 

なんか、変な気分になるなあ。こういうの書いてると。

オリキャラのアイディアは止められないのか。

生きているだけでアイディアが出てくるけれど、そればかりあっても仕方ないというか。キャラクターのアイディアがどんどんと増えていく。

メインでもサブでも設定のあるキャラは百人いるかいないかだけれど、名前とアーツスキル(各キャラクターにある固有の能力、異能や霊能、魔術、呪術等々をひっくるめた名称)の設定されているキャラを挙げると五百は居るんじゃないだろうか。

 

作品書いているときにも思いもしないキャラクターが登場することは非常によくあって、作中でストーリーを調整する役割を担ってくれる。

いや、本当に自分でもわからないんだよね。こういうのがどのタイミングで出てくるのかは。気付いたら出てきて喋ってるんだもの。殆ど手癖じゃねーか。

うーん、本当に手癖で巫女装束マニッシュロリなんて書くのだろうか? 性癖出てないかな? おまけにその子のアーツスキルは「幻惑傀儡(アヴァタール)」。幻術系だし。僕は何をされるんだ。

 

とはいえ、自分にとって書きやすいキャラ属性はやっぱりあるだろう。けれど、そこに頼りきりじゃあよくないよねえ。ばらつきというか、バランスというか。そもそも、僕が考えるのは人間ばかりでもないしね。

 

思いついたからには、書かなくちゃいけないと思う。彼らの活きるストーリーを。クリエイター志望のエゴだとしても。